7月 232017
 

あなたが死んだとする。
意識が覚めしばらくすると
自分は死んだのだと気づく。

その時すべてがそのまんまだと分かる。
生きていた時に体験したこと、
記憶したこと、獲得したこと、
すべて自身の内にしっかり在ることに驚く。
とうに忘れていたことであっても
何でも思い出せる。

病や老いとの闘い
友人と交わした友情
異性にある美点への賛辞
親からの独立
世間常識に対する攻撃や諦念
受験での問題集とのにらめっこ
部活動の練習の汗
会社内の不正の暴露
産まれてきたシーン
死にゆく際の未練の叫び

すべてが記録として残る。

なぜなら我らは神の一部であり、
神はすべての経験を内在し輝く至高なる存在であるから。

それならあなたは嘆くかもしれない。

「オレがしでかした残虐な行為も残るのか!?」
「ワタシの恥ずかしい淫らな経験も消せないの!?」

その経験と記憶は神の懐に溶け込み、
それが無ければ成立しえないものとしての
装飾品の輝きを構成する源となり、
輝度を増すための宝石群の1つとなる。
要するにすべては神に許され美化される。

だからあなたは何も失うことはない。
失うことなど恐れるものではない。

それでも怖いか?

恐れるというのは知らないからなのだ。