3月 232014
 

「人間は死んだら無になる。
だったら生きていても意味なんてない。
死んだ方が苦しみがなくて幸せだ。
だって生きることは苦の連続だから」

20代はこんな風に思っていた。
つまり
「みんな死んだら皆が無という“無苦”が得られて幸せだ」
と。

人はなぜ生きるのか?

人の幸福とは何か?

死という確定された事実を
忘却の隅に追いやってまで、
人はなぜ懸命に人生に花を咲かせようともがきあがき苦しむのか?

我らは奥底で知っている。
死は無ではないという真理を。

では何が死を無でなくしているのか?

不死なる魂が我らの内部に在る。厳かに。
それは永久に存続するものであり、真なる本性である。
我らすべてその流れの中に在って身を任せていられるのだ。

愚かにも人はそれを知らない。
死を無だと強要しているのは「知らない」という盲(めくら)である。
「知る」を学ばなければならない。

人は自己が不滅の魂という神なのだと知ることによって、
神にふさわしい生き方ができる。
それが人類の幸せであり、
人類すべてがその幸せを勝ち得た時、
人類に滅亡が許される。
その時が来るまで永遠に生きよう。