1月 012014
 

斎藤一人氏は「悟りとは、差を取ることだ」と言う。

私たちの心には真我という魂がある。
魂は神であり、神とは絶えず感動を求めている至福という存在である。
我々がこの世界を懸命に生きるのは、すべては経験を通じて感動を得るがため。
(経験がなければ感動はない)
感動の集合体こそが神の本質であると言える。

「その感動とは一体何なのか?」

感動とは、他者の経験を自己の内に見出すこと。

なぜならば自己の内に他者の苦楽を自覚できるということは、
感動(経験)の集合体である神を自覚したことになる。
(「神に近づけたよ!!」 これが感動)
その自覚を悟りと言う。

「皆さんにはこれが分かるだろうか?」

我々の魂は感動のかたまりなのだから、
他者の感動が自分の心で明瞭に理解できるということは、
神との合一に近づいたということに他ならない。

『経験―理解―感動―悟り』

この連鎖が人生の意味であり、理解ができなければ輪廻転生し続けなければならない。

【結論】

★悟りとは、他人になること・他人であること。

最終的にすべての他人になることができれば、解脱できる。

それを成就した人がいる。
イエス・キリストだ。

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