10月 282018
 

東京の南青山に「児童福祉施設」を建設予定らしい。
(建設費用:100億円)
それに対して地元住民の一部が反対。
その理由の1つは場所がブランドが集まる一等地だから
(下の地図参照)
商業施設を建設した方が街の発展につながる。
児童施設ならば他の二等地でも十分ではないか。
なんでわざわざ青山に?

私の意見は建設反対です。
では何を提案したいかというと
そこに「原子力発電所」を作る。
そうすれば東京都民(約1200万人)は
嫌でも原発問題を考えるようになるだろうから。
(現状、原発の設置場所はすべて地方の田舎にある)

もしくは「ゴミ処理施設」でもいい。
児童施設よりも切実な問題である毎日出るゴミをどうするか。
これは貧富の差など関係なく、
誰しも真摯に向き合って解決すべき危急の問題です。

みんな臭いものにはフタをしようと
自分の目の届かない場所に置きたがる。
(日本人だけではない)
そうなると問題を解決しようという気持ちが起きない。
だから一向に解決していかない。

「臭いものは目立つ場所に置け」

青山で原発建設がダメなら
原宿でもいいぞ。
(これがほんとの原宿)
ゴミ処理場なら浅草でもいい。
(ゴミくさww)

首都東京に原発や大型ゴミ処理施設を建設すれば
東京から人口が流出し、
地方へと流れていく。
過疎化問題を解消できるし、
一票の格差も是正される。
いいアイデアじゃん。

ところで青山に児童福祉施設を建設しても
児童問題は解決できない。
刑務所を作っても犯罪が無くならないと同じ理由です。

学校では相変わらず「いじめ」という犯罪が起きている。
職場でもセクハラ、パワハラ、男女差別、リストラ、成果いびり。

それが起きてしまう根本にある原因というのは
「異物排除」の感情だと私は考える。
自分と異なる人間や価値観を邪魔だとみなす狭量な思考。
これが人間に備わっている限り
「臭いものにはフタを」は永遠に継続されていく。

どうすればこんな人間たちを変革できるのか?

私の1つの意見として
「火葬場」を商業エリア(駅近)に建設することです。

『私もあなたも死ぬ』

この逃れられない事実を
すべての人間に思い知らせるために
火葬場を目立つところに置くことです。

煙突から狼煙のように立ちのぼる死者の灰を
通りすがりに見上げてため息を漏らす。

「あぁ、俺もいつか死んで灰になるんだな」

そうなれば嫌でも自分の生き方を見つめ直す。
他者の生き方も参考にするようになる。
同じ死を背負った同類として。
敬意を持って。

死は平和への条件だった。

  One Response to “東京のド真ん中に「臭い」ものを置け。”

  1. 来る東京大災害に備えて

    オスプレイ離着陸用地に

    活用してはどうだろうか?

    となると普段は青空市場?

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