8月 122018
 

日本最大のサッカースクールを経営する
現役プロサッカー選手の本田圭佑さん(1986年生まれ)が
カンボジアのサッカーチームの監督兼GMになったそうです。

「なぜ日本人の彼(しかも現役選手)に
カンボジア側が監督としてオファーしたのか?」

私が推測すると

1、日本サッカーを代表する人
2、海外でも通用している人
3、子供たちにサッカーを教えていること

この条件が揃っていたことと、
他のサッカー界の人にも多く打診してみたのだが
発展途上のカンボジアに来てくれる人がいなかった。
その中でも本田選手だけは承諾してくれたからだと思う。

調べてみると
アジアのサッカーチームで所属している日本人は
少なからずいる。

Wikiから

なぜ彼らが活躍の場をアジアに選んだかというと
収入面の要素が大きいだろう。
Jリーガーでも2部に在籍する選手はまだマシだが、
3部の選手はフリーターくらいで
副業でもしないとやっていけないらしい。

しかも選手寿命は25才までで
第2の人生を模索しなければならない。
サッカー一筋で生きてきた若者には
企業で通用するスキルは皆無に等しい。

だからどうせ日本で芽が出せそうもないならば
(自分よりもスゴい選手はウヨウヨいるし)
サッカーの未発展のアジアの国で代表選手になり、
給与を頂く方が楽しいし、ゆったり生きられる。
現役を引退したらコーチになるチャンスも大きい。

野球の巨人の選手の誰かが言っていた。
「2軍の選手はプロ野球の選手でない」と。

私はどうせ目指すならプロとして活躍して頂きたいと考える。
とすれば日本でプロを目指すよりも
アジアにてプロ選手としてやっていく方が
プライドと収入の両面で満足できる可能性が高まる。

※工業製品(ハード)を輸出する日本から
日本人(ソフト)を輸出する日本にシフトする。

国が豊かになっていくと
どうしたわけなのかスポーツ振興に力を入れ出す。
中でもサッカーは世界的人気なスポーツ。
何としてでも隣国だけには勝ちたいと思うのが
ナショナリズムというものだ。
(参照:韓国が日本に対して抱いているライバル感情)

「それにしても本田圭佑さんはなぜ監督になったのか?」

リオ五輪のマラソンでカンボジア代表となった
芸人の猫ひろしさんのことも頭にあったかもしれないが、
私の妄想は彼についてもっと広くとらえている。

彼の采配でカンボジアサッカーが強くなる
⇒カンボジア人(クメール人)が元気になる
⇒日本や日本人を好きになってくれる
⇒日本カンボジア友好関係が深まる
⇒日本企業のためのビジネスチャンスが増える
(彼は経営者でもある)
⇒日本国家の財政が潤う
⇒アジア間の平和の樹立

「サッカーで築こう友達の輪、輪!!」

オランダ、ロシア、イタリア、オーストラリアで
サッカーチームに所属しプレーしていく中で、
アジア人蔑視も受けたであろう。

「俺がアジアでサッカーフィーバーを巻き起こし
国境も人種差別もブチ壊してやる!!」

スポーツでも革命は起こせる。

彼の意図する未来は、差別や争いのない世界だ。
なぜならサッカーはチームプレーであるし、
ルールに則するスポーツ競技であるから。

差別も争いもペナルティかレッドカードで退場行為。
それではスポーツとして成り立たない。

カンボジアで“スポーツ”を教えてやろうかな。

【後記訂正】

カンボジアの監督へのオファーは
本田選手の方からでした。
(私の調査不足をお詫びします)

すでに2016年にカンボジアにてサッカー教室を開いた経緯があり、
カンボジアサッカー連盟との交流があったそうです。
そこで連盟に
「現役を続けながらカンボジア代表監督をやることは可能か」と質問し
「本気で言っているならオファーをする」と返事が来た。

記者会見での所信表明は
「1つはカンボジアのサッカーのスタイルを確立すること。
2つ目は、サッカー以外のカンボジアの魅力を世界にアピールすること」

日本人は知らないと思うが、
東南アジアでもサッカー選手権(ASEAN連盟主催)が開かれている。

Wikiから

カンボジアのサッカーは弱い。
ボロボロだ。

本田選手はそんなチームの監督を引き受けた。
彼は弱小チームに肩を持ってしまう
いわゆる「判官贔屓」の人なんだと
私は彼の義侠心に感嘆する。

カンボジアの魅力が世界へ発信されるとともに
和平運動家である彼も世界にアピールされることになるだろう。

そしてまだ若い日本人サッカープレーヤーもアジアへと動き出す。
本田監督を習って。

2月 252018
 

『League of Legends』(愛称:ロル)とは
世界で最も有名なPCゲームの1つです。
2009年にサービスが開始されて
総プレイヤー人口は優に7000万人を超える。

(こんなゲームです)

日本生まれのスマホゲーム『パズドラ』
ダウンロード数が6000万くらいで、
それは総プレイヤー数ではないことを考えると
いかにものすごいかが理解できる。
(ガンホーもがんばってますよ)

それにPCゲームをする場合
それ専用のパソコン(ゲーミングPC)が必要です。
普通のパソコンよりも高価ですので
PCのゲーマーは、にわかファンではないですね。

その証拠に毎年開催されているゲーム大会の
優勝賞金が1億2000万円もあるらしい。
課金ゲームとしての収益があるから出せるのでしょう。
ゲーム産業はまだまだ儲かります。

毎年eスポーツ(ゲームというスポーツ)は
アメリカやアジアにて競技人口が増え続けている結果、
eスポーツ業界に莫大な資金が流れ込んでいる。
(特に中国での売上げが顕著)
お金がかかってくると世間の評価も変わるので、
このジャンルの認知度の広がりや
その確立にはそう時間はかからないことと思う。
今後日本での盛り上がりも期待したいですね。

あなたが今10代20代ならば
プロのゲーマーを目指してもまだまだ間に合います。
大金を稼ぐことも十分可能。
成長産業に身を置いていれば
その成長と共に自身の収入も伸びる。
これはビジネスの法則です。

ちなみに大会では韓国のチームが毎年トップです。
その理由をなぜなのかを考えたのですが、
おそらく韓国では徴兵制が敷かれ
若い男子たちは

「今どき腕力や兵力が愛国心の表現じゃない!!」
「ゲームをやってもお金を稼げる時代なんだ!!」

という徴兵への嫌悪感と、徴兵という現実からの逃避、
彼らが示すことのできるせめてもの反抗と平和運動。
その複合的な熱意がゲームの方に注がれている。

この資本主義世界において
徴兵で若い男子を取られると
韓国の経済活動は劣勢の不利となる。
徴兵は辞めて志願兵制度に切り替えるべきだ。
これは私の抗議弁です。

スポーツ関係者や観戦者にここで気づいてもらいたい。

「あらゆるスポーツは平和という基盤の上で成り立つ」ということを。

では平和を成り立たせるのは何なのだろうか?

国民1人1人の「本音で生きるんだ」という決意が
世界平和の小さな1粒の礎になっている。
自分の心に嘘ついてまで
絶対に嫌なことや悲しいことはしない。
その生き方が平和社会に貢献しているのだ。
だからゲームですら平和へのツールになっている。

ところで我々の人生もゲームそのものだ。
「理解できない→理解できた」にするために
輪廻を繰り返しながらレベルアップを図る。

解脱という優勝トロフィーは
飽くなき平和への熱意がなければ決して手にできない。

この平和に嘘はないか?

10月 292017
 

(文章が少し長いです)

陸上のウサイン・ボルト氏が
テレビか何かのインタビューで
「速く走る秘訣は何ですか?」という質問に
「速く走ろうとは思わないこと」と答えたそうです。
(私は実際を観ていません)
スポーツでは勝つぞと気負ったら
かえっていい結果が出ないということでしょう。

ビジネスでも似ている。
お金を儲けようと考えて始めたビジネスは
全然儲からない。それどころか痛手を喰らう。
逆に何とはなしにやっていたことが
(金銭欲なく始めた趣味的なことが)
その後大きなビジネスとなって
お金が儲かってしまうことは
世の企業の歴史を調べたら判明していく。
そんな人たちであっても
欲を出したばかりに没落してしまうことがある。

「なぜ勝とう・儲けようと思ったらダメになるのか?」

まず勝とうと思うのは
勝ちたいという欲であって
それは同時に負けたくないという願望でもある。

「勝ちたい=負けたくない」

人は快楽を求め、苦痛を回避したい動物なので
負けることはどうしても避けたい。

この気持ちが強ければ強いほど
イメージも強くなる。

・勝者の栄光を浴びる自分
・負けたみじめな自分の姿

これは対立概念ではなく
潜在意識下で同時に成り立っている相対した概念です。
(勝ちがないなら負けもない)

簡単に言うとスポーツの試合中に
勝ちたいという気持ちが高ぶると
負けた自分のイメージを意識上に浮かび上がらせる。
なぜなら勝った自分と負けた自分は同居しているから。

つまり負けるようなプレーをしてしまうということです。
本人にその気がなくても
負けるイメージを認めているわけですから
そのイメージ通りの自分になるのです。

しかも困ったことに
負の感情やイメージは連鎖し拡張してしまう。

プレー中にミスをした。
そのミスが過去に起きたあらゆるミスの記憶を呼び覚ます。
スポーツとは関係のないミスの記憶もよみがえる。
おねしょして怒られたとか。

人は過去からは逃れられない。
どんな記憶をも完全に消去できない。

※イヤな記憶ほど残りやすいのは
良い記憶が少ない証拠です。
肯定的な楽しいことを存分に経験したら
人はイヤな人間になりません。

「どうすればスポーツで勝てるようになるのか?」
「ヒトに備わるこうしたメカニズムを克服して
勝利をもたらす方法はあるのか?」

私にはこれしか思いつけません。

すべてを認め、許し、感謝すること。

イヤな記憶がある。
それを足で踏み砕こうとしても
破壊するどころか、かえってふくれ上がってしまう。
だからその記憶をいったん認めてしまう。
そういうこともあったよね、と。
そしてそれを脇に置く。
その記憶にもいいところや
起きてしまったやむを得ない事情がある。
それを分析して許せるところを探してみる。
こんなことは誰にでもあるものさ、とか。
最後にその記憶がなかったら
今の自分はどうなっていたのかを想像してみる。
自分も他人にイヤなことをする人間になっていたのではないか。
感謝すべきところが少しでも見つかったら
勝ちたいという気持ちが鎮まってくる。

「スポーツで勝ちたいスポーツできて幸せ」

こう変化する。

次にビジネスではどうかを考えたい。
儲けたいという気持ちに2種類ある。

1、お金があったら○○が手に入る。
だからお金を儲けたい。お金がほしい。

2、お金がないと生きていけない。
生活費はどうすればいいの?
困った場合にお金がないと大変だ。
この世はお金で回っているから。

1について
あなたがお金を得たがるのは
欲しいものが買えるからです。
(この世の90%以上を買うことができます)
それを手に入れたとすると想像してみる。
別の懸念材料が出てくることが知らされる。

美女を買う:お金しか見ていない美女ならどうだ?
美食を買う:食べ過ぎるから成人病のリスク増大。
豪邸を買う:広い屋内に1~3人で住むのって寂しい。
健康を買う:不老不死・無病になる特効薬は無い。

あなたが本当に手に入れたいものは何だろうか?

2について
実はこの世は価値と価値との交換社会です。

・お金という価値
・モノという価値
・コトという価値

そのどれかの価値を提供したら
そのどれかの価値で提供を受ける。
お金という価値を認めているのが経済社会で、
お金という基準は分かりやすし、
受け渡しが楽にできて便利な価値です。

価値を提供できれば
この交換社会を生きていけると思いませんか?

あなたが提供できる価値は何でしょうか?

儲けようと考える時、
どうしても人の笑顔や感謝に注意が行かず、
財布のお金に目が行ってしまう。
お客さんってそれに気づくものなのです。
だからとっと逃げられてしまう。
仮に売買が成立できたとしても
感謝されなければリピートはない。
ネット時代ですから悪い評判が立つ。

お金に固執するとビジネスはうまくいかない。

その固執から解放させるためには
お金を使う(=捨てる)しかない。
それと同時に執着心も無くしていく。

そうしていくと経済社会に生きられるというのは
便利で快適で楽しいと思えてくる。
なぜならお金を払いさえすれば
自分が面倒なことをしてくれたり、
自分に喜びを与えてくれると知れるから。

次は自分が他人を喜ばす番です。

初めからお金が無い人はどうするかというと
労働力(肉体・頭脳)を使うことです。
それを「働く」と言います。
(傍をラクにする行為を働くと言う)

お金を得たければ働けばいい。
働いてお金を稼いで使う。
使った先に見えてくるものがある。
お金を使ったら相手先はこんなに喜ぶんだなと。

以上のことから導き出せる結論は

「試合の勝ち負けや金銭の有無という結果は
あなたや社会を幸せにしない」

それを人類すべてが理解した時、
世界平和の実現は目前に迫ることでしょう。

そういえば誰もが皆、裸で生まれてきたんだよね。
何も持たずに。

10月 092017
 

藤井聡太という若者(2002年生まれ)が
低迷する将棋界のアイドル的存在となっている。
今中3で高校進学間近です。

林葉直子という女流棋士がそんな彼に
「進学すべき」と言う。
その理由は、女流棋士は優勝してもたったの500万円。
それ以下の人の年収はフリーターより下回るだろう。
だからとりあえず高校へ行っときなさいという母の助言。
それにより同世代との高校生活の良さを知った。

将棋界は賞金額を上げて
外国人に門戸を解放し、
海外メディアを巻き込めれば
競技人口が増加し発展するだろう。
その時ネットが役に立つ。
チェス人口からの流入が起きてくれる。
(正座での対局は廃止方向が望ましい)

彼が高校へ進学するかしないかは
彼自身が決めることで私がどうこう言うことはないが。
私の高校での出来事を言わせてもらえるなら

「テストの点数で人を決めるのはおかしい。
勉強(学問)はそんなところにあるのではない」

と高一で中退したクラスメイトがいた。
今の私なら大賛成だが、
当時はそれが世の中だからと
普通の高校生をしなければと考えていた。
(周囲が困惑するので)
社会にある矛盾やバカげた慣習よりも
人はなぜ生きなければならないのか?
自身の存在の軽さ・危うさに
何の意味も分からず混迷していた。

私が高校で得たものは読書というもの。
これが1番の収穫でした。
2つ目は学ぶことを苦しませるような教育システム。
人の幸福の実現のために学問はある。
何だか矛盾している。
その矛盾を矛盾だと思っていない高校教師たち。
世の中は人を苦しませたいようなサドではないか。
自殺したい若者の気持ちも分かる。

もしあなたが進学や就職に迷うなら
選択肢は1つではないことを知ってほしい。

学校へ行くのも不登校するのも
就職するのもニートするのも
すべての選択は自由だ。

選択を間違えたら軌道修正も即時可能。
(違ったら止める)

それを教えてくれる教師や仲間がすぐそばにいたら
世の中はもっと気楽になると思う。

固執・束縛がどれほど人を制限してしまうか。
あなたの生き方ひとつでも
世界を1ミリ動かせます。

余談:もし私が藤井君(愛知県在住)の家族なら
将棋の強い人が多く集まる東京へ行けとアドバイスする。
それと縄跳び(エア縄跳びでいい)を習慣にしてみる。

【理由】
・お金がかからない
・いつでも気軽にできる
・部屋の中でもできる
・全身を動かせる
・数分でも効果がある

やってみると実感してくれます。

頭脳仕事であっても身体性を軽視してはいけない。
(逆にスポーツ選手は将棋を指せ)

デスクワークが多い=身体が鈍くなる=脳が活性化しない

霊魂は心・体・脳すべてにつながっている。
全部駆動させたら、霊魂不滅を確信するだろう。

1月 012017
 

ホストやキャバ嬢の呼び方には
源氏名(げんじな)があてられる。
なぜなら本名にするとお客さんに情が移って
財布からお金を出させようとするあらゆる策略に
大胆さをそがれてしまうから。

しかし源氏名にすると役者のようになって
自分自身をその人物を演じられるようにさせる。
営業開始前に
「私は女優、私は女優」と
自分に言い聞かせているキャバ嬢がいるらしい。
“素”で仕事をしていたらとてもやっていけない仕事なのでしょう。

ネットビジネスをしている方には
偽の名前や顔出ししていない人が多い。
キャラ設定して覚えてもらおうとしているのか、
詐欺師を徹底的に演じるためにしているのか、
うさんくささを感じたら排除した方がいいでしょう。

では偽名はネガティブかというとそうではない。
名前を変えることによって
別人物になって成果を上げられる人も多い。
芸能人の中にはそんな人が多いはずです。

例としてあなたは
映画監督 北野武と
芸人 ビートたけしを
使い分けているのを知っていると思いますが、
それは本人の中に二面性を認めているからであって
切り替えスイッチの役割でしょう。
うまいやり方ですね。

山本美憂さんは元レスリングの選手で
今は転身して女子格闘家になっています。
大晦日の対戦では負けてしまいましたね。

こうなったら新しい挑戦のために
「リングネームを付けたらいかがでしょうか?」

本名のままにしていると
それまでの人生で経験したことがそっくり試合に出てしまう。
失敗したこと、負けたこと、離婚したことなど。
そんな過去をいったん棚に置いて、
新しい世界に向かうためにリング名をつけて
別の自分を作り上げるのもいいと思います。

※命令ではありませんから!!

名前を変えただけでその気になって
人生がよりよいものになれば
それを私は否定しません。
整形も同じです。

1月 012017
 

高野人母美(ともみ)さんという女子プロボクサーがいる。
177センチの長身でモデル活動も兼業している。

ファッションモデルの彼女が
どうして顔がボコボコになるボクシングをするのか、
それはここでは考えない。
元々エキサイティングする(燃える)ようなことが
好きなタイプだったのでしょうか。

彼女の試合動画

僭越ながら私はこう思いました。
(この試合の批評ではありません)

「なぜ彼女は長身スタイルを活かしたボクシングをしないのか?」

協栄ジムに所属しているのですが、
そこには細身の長身ボクサーのチャンプはいないと思う。
だからそこで練習しても
せっかくの持ち味を引き出せないままにある。

ですが日本にいるのです。
彼女が参考にすべき長身で世界チャンプのボクサーが。

薬師寺保栄さんです。

彼はボクシングジムを経営している。
http://www.yakushiji.jp/
ここではプロを育てるというプログラムが用意されているか
おそらくないとは思いますが、
薬師寺さんに指導してもらうことはできるはずです。
(有料になるが)
高野さんは彼に直接会って
そのボクシングスタイルを伝授してもらいに行くといいと思う。

薬師寺さんの現役時の成果を見ると何と
「KOされて負けたことが1度もない!!」
これは長い手足を活かしたアウトボクシングをしているから。
まさにお手本にしたいボクシングスタイルではないでしょうか。

ここで断っておきますが、
私は協栄ジムを辞めろとは言っていません。
「教わる人の中に彼を加えてはいかがですか?」
というアドバイスを言いたかっただけです。
協栄で練習しているボクサーが誤解して
私を襲撃しにくることは避けたいので
しっかりこの文章を読んで
彼女が最も活きる道はどんな道なのか
それを考えてあげてほしいという
私のささやかな願いを言わせて頂きました。
以上です。

【追記】
私に娘がいたら絶対にボクシングはさせない。
対戦のない空手ならOKですが。

12月 032016
 

野球選手の斎藤佑樹投手が北海道にて
横転した事故車から人命救助を手伝ったそうです。

ネットでは年棒2000万円と高額なのに
それに見合う野球の成績を出していない。
だからと批判する声もある。

江原啓之氏は
「やったのが当たり前。いいことが今後あるとか関係ない」
「もっともっと頑張らないと窮地に追い込まれますよ」
とテレビ番組で言ったそうです。

私から言わせれば
仕事の成果に見合っていない高給をもらう人は
日本にものすごくいる。隠れたところに。
(特に国家に仕える政治家や公務員)

人命救助をするのが当然なのであれば
人命危害はやってはいけない禁止なものになる。
実際は世の中では悲しい犯罪が頻発している。
それを仕方ないことだとしてあきらめているのは
人間の怠慢と堕落だ。
斎藤さんはあきらめていない部類にいる。

そもそも窮地にあるのは彼一人だけではない。
人類すべてに言える。
なぜなら地球全体が緩やかに自殺方向に向かっているから。
その証拠は列挙するまでもないだろう。

いいかい、野球っていうのは
窮地の場面が一番面白い。

『1アウト3ベース3番打者』

チームメイトを集合させて
「今が一番燃える。投手として最高の舞台だ」
と笑っている。

それを“エース”って呼ぶんだぜ。

6月 282016
 

現時点で19万円する。
ですがこれには自動追尾装置がついています。
値段負けしていない優れもの。

ランニングフォームのチェックに利用する女性。
私はこのビデオを見た時に
サッカーにも使えると思った。

選手のフォーメーションなどを記録して
反省点や改善点を把握できそうですね。

ワールドカップ出場のために1台いかが?

12月 312015
 

スポーツやビジネス、
家庭や企業内、
果ては法廷上でさえ
違反や反則が行われている。

ドーピングや禁止技
著作権違反や偽装、隠ぺい
職務放棄・勤務怠慢・冤罪

世界中至るところで
あらゆる種類の場面で
誰彼問わずに横行している。

中でも法の番人である裁判官の冤罪・誤審には、
流れる涙も拭いきれない。
無実の死刑判決はどんなに苦しかろうことか。

「どうして人は過ちを繰り返してしまうのか?」

弱さがあるからだ。

下馬評、優劣、惰性、逃避、放擲

それらの弱さを分析すると、
揺るぎない『絶対軸』を持てずにいるからだと
私は断言するに至れる。

絶対軸=大いなる生きる意味

人の定めし法規では
人は弱さを克服できない。
そこには人生に活力を与える真理が
完全に忘れ去られ、
人の存在を亡霊のように浮遊させているからだ。
法律の中に幸福はない。

「どうすれば弱さを強さへと変換できるのか?」
「絶大なる真理なるものが果たして存在するのか?」

人は法律の中で生きているのではなく、
実は愛という律法に包まれて生きている。
愛されるべき人という魂であるからこそ、
人は法律というおもちゃを作って遊ぶことも許される。

魂の本質である愛は
森羅万象すべてに満ち満ちており、
人のみが愛を放出できる資格を有する。

魂は人の本性であるがゆえに
人を成り立たせているのは愛なのだと導ける。

違反者は弱さがあるのではなく、
不死なる永遠の存在、霊魂を知らないだけだ。

気づきさえすればいい。
それからそれに相応しくなればいい。

永遠に生きる魂には
猶予期限の設定はされていない。

さあ、のんびり行きましょうか。