4月 162018
 

銀座のホストクラブの社長
信長(源氏名?)という方が、
斎藤一人さんと対談した内容の本です。

私は中古で買って
本の「はじめに」を読んで
アホらしくて読むのがイヤになった。
名前の漢字が間違っていたから。
斎藤の斎が「斉」になっている。
しかも一ヶ所ではなく随所に散見している。

2つとも似たような漢字だが意味は全く違う。

「なぜ信長氏はこんなミスをしたのか?」

本業が忙しくて
本の見直し(校正)をしなかったとしか
私には到底考えられない。
(編集者の西元啓子さんが原因かもしれない)

誤字や言葉のミスというのは誰でもある。
トルストイの『戦争と平和』にもある。
(8回以上書き直ししたにも関わらず)

それでもメインの人物の名前を間違えるのは
ちょっと失礼ではないか。
しかも「斉」は何度も出てくる。

私なら本を回収し処分する。
電子書籍版を500円以下にして
流通している紙の本を売らせる。
それを買い取って焼却する。

ニュースキャスターが言い間違えると
訂正のお詫びが入ることのをしばしば見かける。

話し言葉は言ったが最後だが、
書き言葉は何度も読み返せる。

物を書く人は必ず見直し・読み直しをしてほしい。
時間がないなら自分でなくてもいい。
誰かチェッカーを雇うといい。

ホストクラブは大変な仕事です。
女性客にとろめくような夢を見させて
大金を頂いているわけですから、
それはハンパではないサービス精神でないと
何年も務まらない。
(辞めていくホストも後を絶たないだとか)

はっきり言って私は
すべての飲食店、理容店や美容院は
ホストクラブやキャバクラに見習えと言いたい。
教わることがものすごくあるから。

もし可能ならば信長さんには
作家ではなく経営コンサルタントになって頂きたい。
顧客が求めているものが何なのかを
布教していってほしい。
彼らは全然それを分かっていない。
現代人は癒やされたがっていることを。

飲食業ではおいしい料理やマニュアル接客。
美容院ではカットやエクステンションなどのモテヘアー。
相変わらずそんなところにこだわって
顧客との心の交流に神経が行っていない。

みんな心の空虚感を埋めたがっているのに!!

「なぜ女性たちがホストにお金を貢ぐのか?」

寂しいから。

誰知る人もない都会と
男性優位社会の間で生きていくと、
どうしようもない孤立感と自身の存在の軽さに
いたたまれなくなって逃げ出したくなる。

「ここではないどこかへ」

流れ消え去っていくような女の切ない心情。

それでも誰かに支えてほしい。
そう、ホストだっていいの。
わたしのことを想ってくれるだけでも。

我々男性は女性を誤植してしまった。
勝負の世界に引き込んでしまった。

全世界で大幅な見直しが必要になるだろう。
愛ある者たちの手によって。

1月 282018
 

あんパンはWikiによると
1874年に木村総本店の創業者である
木村安兵衛とその息子が考案したそうです。

日本にパンが伝来したのは安土桃山時代ですが、
その次の江戸時代に入っても
パンを頻繁に食されたという記録はない。
日本人はコメが主食であるという習慣が根強かったからだ。
(キリスト教を忌避していたことも原因の1つ)

そんな日本人に「パンはおいしい」という
意識革命をもたらしたのがあんパンだった。

あんこも安土桃山時代に伝わり、
当初は塩味だったが、
江戸時代中期に砂糖を使った今のあんこになる。
当時は砂糖は高価だったため
高貴な身分の者しか食べることができなかった。

そんな歴史を持つ2つの食材を
ドッキングするという大胆な発想。

どこからそのヒントを得られたのか
本人に聞かないと分からないことだが、
何とかしてパンのおいしさを伝えたかったのではないか。
なぜなら甘い物を食べてほしいだけなら
和菓子屋をするだろうから。

「あんパンを考えた木村父子はスゴい!!」

現代のパンの原料となる小麦は
度重なる品種改良の末に
農薬に強い小麦に変貌したそうです。
だから防虫剤や化学肥料を使っても大量に生産できる。
そうすれば収穫量が増え、農家も製薬会社も儲かります。

おまけに日本に輸入される小麦は防腐剤が使われていて
私たちの食べる小麦食品は“毒”と言っても過言ではない。

私自身コンビニで売られているパンやカップ麺を
大阪にいた一人暮らし時代や
現在の仕事場で平日の昼食として食べていた。
それが原因なのか最近鼻がものすごく痒かった。
花粉症にしては症状がひどかったので
食生活を改め弁当(コメと夕飯のおかずの残り物)持参にした。
そうすると鼻の痒みが治まった。
完全ではないが和らぎました。
それからというもの、あんパンもジャムパンも
好きだったインスタントラーメンも食べていません。

ラーメンの鬼として活躍した佐野実さんは
食べ物はまず安全性が重要だとし、
麺は国産小麦のホクシンやハルユタカ、
パスタに使われるデュラムセモリナ粉とをブレンドする。
それ以前は外国産小麦を使っていたそうだが、
国産のあまりのおいしさと安全面から
国産しか使わないようになった。

小麦は北に行くほど適しているそうで
北海道で栽培されている。
毒と化した小麦を救えるのは北海道かもしれませんね。
(小麦農家に栄光あれ)

私はあんパンを発明した木村さんに聞きたい。
今のパン業界をどう思うかと。

「俺の作るパンに輸入小麦は使わせねぇ」

職人はガンコでいい。

12月 262017
 

外食産業で一時成功した者たちの
大失敗と転落の原因を探ってみると、
皆に共通して大きな借金をしたことが挙げられる。


(飲食経営者はこの雑誌を絶対に読んで下さい)

なぜ彼らは借金をするのかと言うと
店舗を増やしたいから。

店舗が増えれば売上げが上がる。
そうなれば利益も大きくなる。

そうなるはずだと考えているのがそもそもの間違いです。
なぜなら固定費や人件費がそれと共に大きくなるので
利益を圧縮してしまうのですから。

どうしてそんなに規模をデカくしたいのか
(特に男性)
私には理解しにくいですが、
飲食業はいかにしてお客さまに

・おいしい料理
・くつろげる、落ち着ける、楽しい空間
・まごころこもったサービス

を提供するかが大切であるのに、
なぜか儲かったらすぐに出店・拡大に走ってしまう。
しかも銀行から融資を受けてまでしてしまう。
儲けた利益で新店舗を作るならいざ知らず、
多額の借金をしてまで店舗拡大を目指すのは
やはり見栄なのでしょうか。

人間なら誰でも備わっている3大欲は
・食欲・性欲・睡眠欲
とされていますが、
権力欲、支配欲、征服欲も入るのではないかとする人がいる。
争いが絶えないわけですね。

※お金はこれらの欲望をすべて満たしてくれます。

我々が仕事をするのはお金(生活費)が必要だからですが、
経営者がビジネスするのはもっとお金を増やしたいから。
それについては否定しません。
だからこそビジネスの拡大を焦ってしまうのも分かります。

でもその焦りが命取りになることを皆知らない。
冷静さを失う。
自分の考えに固執して無理矢理それを推し進めようとする。
赤字店舗なのに、初期投資をかけているから止められない。
だったら赤字の原因を分析して改善していけばいいのに、
冷静な判断ができなくなっているから
さらに借金して先延ばししたり、別店舗で補填させる。

なぜ焦るのかというのを考えた時、
「チャンスは1度しかない」と
思い込んでいるのではないかと思う。

「やっと巡ってきたこのチャンスを逃したら
俺はもう2度と上へ行けないかも」
「こんなちっぽけで終わってたまるか!!」

商売のチャンスならどれだけでもあるというのに。

私も飲食関係で働いていたから分かりますが、
「俺にはこの業界でしか生きていけないんだ」
と視野の狭いところで固執していました。
本当にそう思い込んでいた。

なぜ視野が狭くなるのかというと
日本の教育と自身の経験の少なさがあると思う。

日本では「石の上にも三年」だとか
「最後までやりきりなさい」だとか
自分に合わないことでもそう強いる風潮があること。

もう1つは自分のこれまでの経験なんて
たかが知れている。
学校生活やクラブ活動など周囲と似たような人生ですから。
(教育改革が望まれます)

10年間生き残る会社なんて全体の1割以下です。
飲食店なら3年以内に7割が閉店してしまう。

倒産・閉店を回避するのは

・多額の借金をしない(身の丈経営)
・いろんなビジネスを知ること(日々勉強)

この2点は意識してほしい。

そしてもう1つだけ知ってほしい。
挑戦すれば必ず失敗の1つや2つ起きてしまう。
その失敗を次にどう活かすのか、
または挫折で終わらせてしまうのか、
あなたの器が問われる時です。

成功の反対は失敗ではなく、
何もしないこと。

エドガー・ケイシーも言っている。
「何もしないでいるよりも、積極的にやって間違いをした方がよい」

痛い思いをしないと人は反省しない。

バカな争いを繰り返してきた人類史であっても
少しずつ良くなってますからね。

11月 202017
 

家電量販店大手のヤマダ電機や
サイクロン掃除機のダイソンが
電気自動車(EV)の製造に挑戦するようです。

ヤマダ電機はEVベンチャーへ投資して
傘下にあるハウス事業との相乗効果を目論む。
何と自動車が100万円程度で買えると言う。
部品数が少ないから低価格も可能らしい。

車は一家に1台ではなく、
1人1台になると交通事故が怖いですね。
最高スピード設定は100キロ以下にして下さい。

電気自動車はエンジンではなく
モーターが原動力です。
だから家電からの応用が効く。
ダイソンのような家電メーカーでも
ビジネスチャンスをつかみに行けるわけです。

ということは中国やインドなどの新興国であっても
電気自動車でシェアを奪いに来てもいいことになる。
おそらく家電と同じように
日本市場に安さで攻め込んでくるので、
トヨタやホンダ、スズキや日産は
早急に対策を練る必要がある。

ガソリン車やハイブリッドカーはEVに淘汰されることは
100%既定路線です(悪あがきは無意味)

私なら即刻に製造数を激減させていき、
2020年には完全に廃止します。
おそらくズルズルと製造すると思われますが。
なぜなら利益をカットさせる行為はツラいから。
(EVにオールインした方がいいぞ)

こうしている間にもEVの新勢力は力を付けています。
世界のトヨタもカメラフィルムのコダックのように
倒産するかもしれませんね。
私がトヨタなら宇宙船を作ろうと考えるかも(笑)

EVが主流になると当然ながらガソリンは必要なくなります。

全国の給油所(ガソリンスタンド)の数は
おおよそ30000所あります。
それは年々減少していく傾向です。
間違いなくガソリンスタンドは滅びます。

給油所を経営している人は
何か対策しないといけませんが、
その方法は廃業しかないと考えています。
立地場所にも寄りますが、代わりに
・洗車やコインランドリーをする
・コンビニをする
・駐車場にしてしまう
などアイデアが出そうですが、どれも儲からないと思う。
だから廃業しかない。
足下の明るいうちにとっとと廃業しましょう。

ガソリンが役目を終える代わりに
電気が足りなくなる恐れがあります。
原子力は危険だということは骨身に染みた日本人です。
ソーラーエネルギーに期待したいですね。
(ソーラーパネルや燃料電池は石油が使われている)

何でもフリーエネルギー装置がすでに実現しているとある。
それが本当ならエネルギー革命です。
環境汚染や公害の少ない社会に一歩ずつ近づきつつある。
人間は反省を乗り越えられる思考の動物です。

しかしながら日進月歩の科学技術が一人歩きするだけではなく、
AIに負けないだけの創造力と
未知なる世界への飽くなき挑戦心とを兼ね備えた
人間の“総合力”の向上を進歩させる方向へと
我々は誤りなく進んで行けたら、
世界は今よりもっとハッピーになる。
もっと笑顔になれる。
なぜなら人はこの世界に
苦しむために生まれてきたわけではないから。

8月 272017
 

食中毒は苦しい。
身体中がウィルス菌に汚染され、
それを異物として排出しようと
腹痛、下痢、嘔吐、多汗、高熱などの症状を
一日から数日間引き起こす。

特に幼い子どもには注意が必要だ。
耐性のできていない身体では
体熱による脳への損傷をもたらす場合があり、
ひどい場合は寝たきりになる。
たかが食中毒では済まされない。
それは現実としてあることだから。

忘れもしない、2008年10月32歳の時。
私は某企業のパン屋で働いていた。
仕事が終了する17時頃、お腹が痛み出した。
これはいつもの下痢だろうと考えて
トイレに入ったがクソはなかなか出ない。
立って歩いて帰れないほど痛んだので、
会社にある保健室で30分ほど横にさせてもらった。

痛みが引いたのを見計らい
自転車で足早に帰路につき、
すぐさま布団で横になる。
それから私は間欠する痛みに激しく襲われた。

下痢をした。
7度は便器でクソを噴き出したであろう。
体力が尽き、もう立ち上がれない。
当時住んでいたアパートでは
トイレは室内にあり寝床からほんの2メートル。
そこまで這ってでも行けないことに
30歳を過ぎたからなのか自身の衰えを感じた。

私はあの『下痢事件』を思い出した。
たらいを尻の下にあてがいクソを出し
これはいつまで続くのかを考えた。

何かいつものと違うぞ。
あの時とは比較にならぬほど腹が痛む。
腹の中で大腸と小腸が暴れ回っているのだ。

「痛え、痛え!!」

私はその激痛から
わずかでも逃れるのではないかと期待を込め
寝ながら腹を上下左右に激しく動かした。

もしその時の私の様子を見た人がいたら
ただごとの痛みではないと考えるだろう。
医者がいれば鎮痛剤を打ったかもしれない。

激しい痛みで暴れる腹とは対照的に
私の頭は冷静だった。

そんなこと分かってるよ!
動かしたところで痛みは減らない。
でも動かさずにはいられないんだ!!

「痛え、痛え、痛えよ!!」

何を食べたからこうなったのだろう?
原因が細菌によるものだと分かれば
身体にある細菌をすべて吐き出してしまえば
この痛みも治るはずだ。
盲腸なのか? いや違う。
お腹全体が暴れているこの痛みは違うと分かる。

どれほど耐えれば菌は消滅してくれるのか?

置き時計を見ると10分も経過していない。
何て時はゆっくり流れていることだろう。
その時私は寿命について新しい発見を得た。

生きる時間は長いとか短いではない。
おのおのの生き方次第で
1分が1時間にも2時間にもなり、
1年が1週間にでもなる。

時間に客観性はない。
あるのは瞬間における意識の熱量だ。

「どれだけ込めたか?」

濃い時間を過ごすことこそ
長生きしたと感じられる人生だ。
ならば世間の考える長寿などに憧れるな。
10代20代で死のうと
時間が追いつけないようなほどに
全力で生き抜く人生にこそ賞賛あれ。
泣くな君よ、早死は悲劇ではない。

最初の発作から12時間が経過したころか。
痛みが和らいでいき
そのピークを越えたのが分かった。
それでも痛みが続くようならば
治療費がいくらするのか不安だったが
救急車を呼ぼうと思った。
仕事先には携帯電話で臨時で休みを告げた。

いつしか静まり返える部屋の布団の中で、
私は自分の冷たい肉体のガランとした内部に
意識がポツンとあるのを傍観した。
目を開けたら天井がゆらゆらと回った。

今回は前回にあった勃起がなかった。
30歳を過ぎるとこんなに違うのかと
若さを恨めしく思った。
がこれで死んだとしても後悔はない。
私が生涯をかけて追究・解明しようとした
「死=無であるのか、またはそれは否か」
それが理解できていたからだ。
人には死などというものは無く、
あるのは永遠なる魂が我々の正体であると
疑いようもなく断定していたからだ。
もう死ぬもいいかもしれない。
私はこれまでの人生に満足していた。

その時声がした!!

こっちは楽よ…

女の声だ。
死神か?!
いや違う。
声から恐怖感が伝わらない。

何だろう?
私は死も受け入れた心境にあり
それに興味が沸いたので
声の方へと意識をこらした。

そこは甘いムードが漂っていた。

「女の園だ!!」

これが女性というものなのか…

性差の壁は低いように思われた。

私はそこに女性性を垣間見た。
そこらにいる男よりも私は女を理解できる。
女性は食べて遊んでおしゃべりして
笑っていることが一番幸福だと。

私を招き入れようとした女の声の正体が気になった。

「セイレーン!?」

甘い歌声で船乗りを魅惑し溺死させる神話上の生物
突然それを思い出した。

私はすぐさま否定した。
俺は船乗りではない!!

では(お前は)何だ…

今度は男の声がした。
頼もしく威厳ある声だ。

「俺は男だ!!」

私は懸命に訴えた。

俺は男なんだよ
女じゃないんだよ

はるな愛さんと椿姫彩菜さんとが頭を横切った。

俺のペニスを取らないでくれよ
たとえインポでも
俺の大事なペニスなんだよ、頼むよ

男に生まれたのには理由がある。
自身の魂がそれを決定したのだから
性を切り替える時は
もう一度それを内省してみてほしい。

江原啓之氏がはるな愛さんに向かって
テレビでそう発言したのを思い出した。

俺が男を止めたら
誰が女を分かってやれる?
野獣の群れの中で
怯えひるみうずくまる女。
せめて俺だけでも理解してやらなくて
誰が分かってやれると言うのだ!?
もう一度…

気づくとあのムードは去っていた。

私は頭部を動かし
部屋には誰もいないことを確かめ
眠りについた。
弱り果てた身体には深い眠りはすぐ訪れた。

目を覚ますと身体はすっかり良くなっていた。
私は体力をつけるために
残っていたチョコスティックパンを食べた。
冷蔵庫にはそれしかなかったからだ。
甘いはずのチョコなのに苦い味がした。
毒だな。
私はそれでも食べた。

私は生き返ったことに意味を見つけ出そうとした。

よし、生と死、愛と霊魂を書くぞ。
世にまかり通っている嘘っぱちを
論理と実際とで覆してやる。

書く。
書いて、気づいてもらう。
そして真理への道を共に歩みたい。

それにしてもあの声は何だったのか。
ユングの言うところ
アニマという男性の中の女性性だろう。
それはすべての男性が保有していて
身体と精神の均衡が崩れた時に
誰であっても顔を持ち上げてくる
身近な存在だと考える。
つまり男は究極、女を理解できると。
(なかには性別に悩み、その壁を越える決断をする)
それなのに人が性別の間に垣根を設けるのは、
外見と役割意識の強さからの偏見だろう。

偏見は無くせる。
我ら人間たちを霊なる存在として気づけば。

「魂に性別はない」

ではなぜ神は男女という区別を制定したのか?

すべては学ぶため。
1つ1つをじっくりと学ばせるため。

雄には活力からくる勇気を。
(弱きを支配君臨し、配下として服従させるのではなく)
雌には知恵による受容力を。
(奸計を練り、朴なる力を都合よくダシ抜く罠ではなく)

人は、知恵と勇気によって
この世界を渡り歩き、
最終は神という到達を目指す至高なる存在。

一遍には学べぬ。
それには人はあまりに愚かだからだ。

私はそれでもかまわない。
女性の中心にある子宮。
我ら人類、例外なく
そこから通過してきて生まれた。
その事実がきっと、
神の真理への通過にも似ていることなのだから。

8月 172017
 

現在世界人口は73億人。
あなたはそのうちの1人です。
(独りと書いた方がいいのかな)

あなたは自分をそこらにいる
つまらない人間だと思っていませんか?

カラー写真は19世紀の後半に誕生しました。
それに驚愕、恐怖したのが画家です。

写真のない時代が続く中で、
貴族たちは自身の肖像画を描いてくれと
人気画家に依頼する。
商売があった。生計が立った。

そこに写真が登場したことで
画家たちはお役御免とお払い箱にされた。
画家たちは真っ青になり、
これでは絵描きとして食えなくなると
落胆し失望し転職をはかった。
どれだけの画家が失業したのだろうか。

それでも食えない職業の画家は
屋根裏部屋に引きこもり、
世の中に巻き返しをはかるために
印象派という新風を起こした。

ドガ、モネ、ピサロ、セザンヌなど
写実主義とは異なる表現で世に問い、
美術史を支え、その消滅から救った。

18世紀の産業革命による工業化は
都市への人口流入を押し進めた。
それは人々の孤独を深める。
「個」が埋没し、統計と化し、
あなたは”It”になり果てるからだ。

あなたが私と同じ場所で同じ時間に
目の前にある風景をカメラに撮る。
ほぼ同じであろう。

だがキャンバスに絵の具を塗り込めれば
全く違う作品が出来上がる。

どうしてこうも違うのか。
脳の構造はほぼ同じであろうに。

人の持つ役割が違うからである。

あなたの眼に写る風景はあなたの世界。
その世界を統治するのはあなたの「個」

無数にある人々の「個」は
その相違を知り、泣き、笑い、
時に衝突を繰り返す。

それでも個は知っている。
私の個は寂しいのだと。

あなたの個が私の世界に訪問した瞬間、
私の個は癒やされる。

私はあなたに貢献したいのだ。

8月 122017
 

漢字を語源まで遡ると、
誤解が定着していることがある。

私が頻繁に使っている”幸せ”という漢字は
実はネガティブでした。
語源は手枷(手錠)のことらしい。

藤村正宏さんの本に書くシアワセが
“仕合わせ”になっていて
私はどうしてなのかを調べたら発見できた。

なぜ幸せ(手枷をはめられている状態)を
中国人や日本人は”しあわせ”という定義にしたのか?

はめらている手枷から解放される時、
人はシアワセを感じるのだという解釈がある。

その説には少し強引さを否めないが、
それを信じるならば
幸も不幸も等価ということになる。

理不尽な束縛や規制がまかり通るこの世界。
あなたを幸せにする試金石として
どんなものであっても、それは大いなる価値を持つ。

“仕合わせ”という意味はどうだろうか?

これは日本人独特の表現なもので
し合わせ(仕は当て字)は
し(する)という動作を合わせること。
それを別の言葉にすると
めぐり合わせ、運命という意味です。

良いめぐり合わせ(運命)
悪いめぐり合わせ(運命)

両者が交互に織りなしていくこの人生を
人が過去を振り返って感慨深げに
「あれはあれでよかったよね」
と学び肯定できること。
これが本当のシアワセではないだろうか。

ということは
手枷という運命にめぐり合った人生であっても
それはそれで素晴らしいじゃないか。

結論:幸せも仕合わせもほぼ同じ意味になる。

あなたはあなたのその人生を
最期に「すべてよし」と肯定し、
いつ訪れるか知れない死の旅支度を
今できているでしょうか?

ここでシアワセについて内省してみてほしい。
本当にそれは大切なことなのかどうかを。

7月 212017
 

「なぜ雷が発生するのか?」
あなたはその原因を説明することができるだろうか?

1、雲の正体である水蒸気が
天空高く上昇する時、氷になる。
その氷が互いにぶつかり合って静電気を作る。
静電気が帯電した雲を雷雲と言う。
その雷雲の内部において
マイナスの電気を持った氷は下部へ、
プラスの電気を持ったものは上部へ集まる。
その間は電気が流れない空気層なので
ぎりぎりまで雷雲の内部で電気がたまる。
地表に集まったプラスの電気が
雷雲内部マイナス電気と中和しようと
この時落雷が発生する。

2、ゼウスという神(雷様)が
時に人の行ないを戒めるようにと
怒りと威圧の表現として
雷鳴をとどろかせ、稲光る。

ここでもしあなたが2番を
科学的ではないと鼻で笑い、
1番を合理的だと思うならば、
あなたは科学者的思考の持ち主である。
科学という隠蔽工作にまんまとハマり、
世界を単なる物理空間として軽視する。

もしあなたが
「雷の発生の説明に1も2も同じじゃないか」
「そんなものどっちも違いがないじゃないか」
と斜め上から捨て台詞を吐いたのならば、
哲学者脳の持ち主である。

哲学者たちはいつも
「そもそもなぜそれは在るのか?」を思考する。

科学技術の発達が急速に世界を変えつつある現在
科学者は通りを颯爽とねり歩き、
哲学者は人を避けて洞窟にこもる。

哲学はやがて死ぬだろう。

6月 032017
 

アメリカの大学生1500人を集めて
2つのグループに分けた。

A:まずお金を稼いでから自分の好きなことをする。
B:好きなことを優先させて、お金はその都度考える。

A:1245人
B:255人

20年後その1500人を調査した。

億万長者になったのは101人いた!!

A:1人
B:100人

255人中100人が金持ちになった。
(39%は高い方だと思う)

※アメリカ人の成功の定義は、お金の多寡

私はこの話を知った時
なぜそんな結果になるのか考えた。

【理由】

嫌なことをすると疲れる
疲れるとやる気が起きない
エネルギーが沸かないから成果が出にくい
成果が出ないからさらにやる気がなくなる
⇒悪循環
果ては社会や人間関係を嫉み、呪う

逆に好きな仕事をする
好きなことにお金や時間をつぎ込む
やる気・エネルギーが沸く
没頭して働くから成果が出やすい
成果が出ると楽しくて仕方がない
昇進やビジネスチャンスをつかめる
⇒好循環
他者を思いやる余裕が出てくる

もしあなたが今の生き方に不満があるなら

・嫌なことは辞める
・嫌な仕事は断る
・嫌な人とはつきあわない

そういう方向へシフトしてほしい。

いきなり仕事を辞めたら収入ゼロになるから、
今あるお金や時間を少しずつ楽しい方へと移す。
もしくはその仕事の中に
いかに楽しさや使命感を見出すか。
(死にたいほど嫌なことなら即辞めてしまえ)

現在、夢中になれるものや
情熱を持てるものが無い人は、
興味・関心があるものを片っ端からやってみること。
100くらいやれば誰でも
手がかりになりそうな糸口1つは見つかると思う。
そんな人生も素敵じゃないのかな。

『仕事再考』

「ゲーム感覚のような仕事をする」
もしくは
「仕事をゲーム化する」

人生の成功はお金だけではないが、
お金も必需品アイテムだから
自分の仕事をよくよく考えなければなりません。

人生(仕事)はそんな甘くない・きれいごとだ、
そんなふうに思う人もいるかもしれません。

・どうしたら仕事を楽しく面白くできるか
・楽しい仕事にするためには何が必要か

これに留意して日々の仕事に取り組んでほしい。
特に経営者の方は是非ね。

締めくくりで私のこのブログの読者に聞きたい。

“あなたの今の仕事、燃えてますか?”

あなたはいつ死ぬか分かりませんよ。

5月 292017
 

片桐亮さんのメルマガにて知りました。

経済産業省の若手の方が作成したレポート

不安な個人、立ちすくむ国家
~モデルなき時代をどう前向きに生き抜くか~

簡単に言うと。

「ガタガタ言っとる日本社会の中で、
俺たちは方向を失い、恐れ、すくみ、
すべてに絶望しかけている」
「このままでいいのか?」

私はこれと似たようなことを
すでに2009年6月9日に
こう書いたことを思い出す。

男たちよ、“人類空前絶後の危機”を前にして、胸が熱くならないか?

文化、文明、宗教の対立・衝突
理由なき犯行とテロリズム
飽きることを知らぬ戦争と紛争
地球の温暖化による気温の高熱化
干ばつと食糧不足
大量消費とごみ問題
肥満とダイエット、そして貧国の餓死者
地震と洪水の頻発化
大雨による土砂崩れや家屋・橋などの倒壊
汚染物質の放置・放流による自然破壊
奇病・流行病の世界的蔓延
被ばくの危険をはらむ原発の安易な取扱い
都市化がもたらすヒートアイランド現象
アメリカ依存の世界経済の軟弱性
政治不信と政治家の汚職
企業経営者の拝金主義
安易なリストラと使い捨て労働者
貧富の格差の拡大
ヤミ金、自己破産、税金の滞納
自殺の日常化、軽く扱われるようになってしまった命
犯罪の増加・凶悪化・低年齢化
性風俗の乱れ、中絶、レイプ
離婚率の増加と家族離散
親殺し・子殺し
若者の無気力と老人の悲嘆
いじめ、不登校、学業放棄と授業崩壊
年金崩壊と高齢者の孤独死
etc…

数え上げたらキリがないこうした世界に直面する我々。
絶望するな。
人類滅亡なんてまだ決まったわけではない。

すべての男たちに告ぐ。
「多大な苦難を前にして燃え上がらないか? あなたの“男気”が」
「俺様が解決してやる!!」って。

熱くなる胸の鼓動と高鳴り。

『ここで逃げたら“男”じゃない!!』

———-

ん~
読み返したら熱くなったぜ。

2017年今日の日本を想う。

こんなんじゃねェだろ
俺たちが求めた日本は!!

『夢・希望の光あふれる国家、大和』

未曾有の危機ただ中にある世界。
拳を振り上げ「違うぞ!!」と
怒声をあげる武士(もののふ)たち。

世界史で最も日本男児が活躍した時代を
後生の人はこう語る。

「YAMATO時代」と。