1月 112017
 

2030年になると
団塊世代(昭和22~24年生まれ)が
80歳代になります。
WIKIによると
この3年間に生まれた人口数は800万人と言う。

老いというのは
考える以上に深刻な問題です。
身体が思い通りにならなくなるのは
本人でさえも受け入れがたい事実ですから。

私は近未来の日本人の行く末をこう懸念している。

病院満杯で受け入れ拒否
診察時間24時間待ち
救急車のサイレンが町に鳴り響く…
富者は老人ホームで虐待死
貧者は自宅で孤独死
老夫婦の後追い自殺
看病する家族も疲れ果て自殺
友人の自殺を知ってショックで自殺
若者が未来を憂いて自殺
子孫が途絶えて悲しくてやりきれなくて自殺

自殺が自殺を連れてくる総悲観の日本社会
生きる目的や明日への希望が持てない日本人

「これを回避する方法はあるのだろうか?」

家族全員(3世代)が東南アジアに移住すること。
その地で商売を営み(家族経営が最強だと思う)
おじいさんおばあさんを養いながら生きる。
これだと孤独死は起きない。
客死(外国で死ぬこと)に悲哀する日本人も多い。
家族に見守られながら死することと
どちらを選択すべきか考えなければならない。

人はいつ死ぬのか分からない。
死に方も分からない。
ここに大きな不安がある。
(死んでも魂は不滅ですから死後のことは気にしないで)

もしあなたが家族第一とお考えならば
家族総出で東南アジアへの移住を強く勧める。
帰りたくなれば日本へいつでも戻れることですし。
(夫婦双方の親ともども引き連れるのもありです)

もしこのまま日本に残るつもりであるならば
老人(親)を独りにさせない。
貧しくても一緒に暮らす。
実家が田舎であるならば親を引き取るか
親の元へと帰るか。

「仕事を変えることはできるが
親を変えることはできない」

子供の教育ならばネットで受けることができる。
親の診察もネットが役に立つでしょう。
どんどん進化していますから。

それでも国の財政を考えると
年金だけでは不十分だし、行政も頼れない。
消費は衰え企業倒産増加、失業者があふれるでしょう。
収入の面で言うならば
消費市場が拡大する東南アジアで生きるのが得策です。

本当に貧しい日本に老いていく。
これは避けようがない。

1月 142015
 

10代や20代で稼いだお金のほとんどは残らない。
(例外もいると思うがどうでしょうか)

どうしてかというと思うに
また稼げばいいという安直な気持ちももちろんあると思うが、
やはり結婚という人生一番のイベントがあるからだと思う。

結婚と新婚生活にはお金がかかる。

大金があると結婚も華やかなものにしてしまうし、
二人の新婚生活のためにマンションやマイホームを買う人もいるだろう。
お金が無ければ買うはずのないものまで買えてしまうから
稼いだお金が瞬く間に無くなる。

もう一つ理由を思いつく。
大金を手にした若い男に群がってくる女どもは
当然浪費癖のある女性が多い。
「私のために使ってよ」と言うワガママを断れない男は
どんどん女にカネをつぎ込む。
(女と付き合っていたら金儲けなどできないので、
大金を稼いだ時点では恋人なんていないだろう)

つまり稼いだお金が残らないのは女が原因だ。

若い男に大金があれば女のために使う。

「オスという生き物は性欲の塊」

これはどうしようもない。
本能だから。
だったらお金は使え、気の済むまで使え。
自分で稼いだお金なら誰も文句はあるまい。

心おきなく使ってしまえ。

11月 092014
 

私がヒカル氏のことを知ったのはYoutubeです。
彼はYoutubeに広告を出したが
(その広告動画を見た)
それほどの効果は得られなかったという文章を読んで、
私は広告については否定的な意見になった1つです。

http://hikaru0918.info/

今の彼のブログは1年前とだいぶ変わって
(初期は情報商材の評価をしていた)
ビジネスの話は途切れ、
Youtubeにおいてゲームとトークで自己表現しているようです。
(それほど興味はない)

私は1年くらい前に
女の子の自殺についての彼の動画を見たが、
削除したみたいですね。
重いテーマから逃げたのでしょう。

私は彼に言う
「現実から逃げてはいけない」と。

『生と死』という人類が抱える謎は
避けて通れない永遠のテーマです。
生きていれば必ず付き付けられてくる
逃げ道のない実存の“痛み”です。

人は死す。
生まれたからには死なねばならない。
その宿命を皆が等しく背負う。

あなたは“死ぬ覚悟”ができていますか?

そして私は若者たちに言う
「死する時まで生きていく勇気がありますか?」と。

誰が何と言おうと
生きることは苦役です。
心を有する普通の人間であるならば
悲哀に遭遇し涙を流すことも多いでしょう。

ところで今私が書いた過去記事を思い出した。

(以下抜粋)

タイトル:死に急ぐ若者たちよ、「死ぬな、1秒1秒を生き残れ!!」

先進国では人口当たりの自殺者が日本が一番多いらしい。
(つまり自殺率が高い)

若者の自殺が後を絶たないのは本当に悲しい。
高齢化日本では中年の自殺も聞かれるようになった。

困難が目の前に立ちふさがった時、
「逃げたっていいんだよ」

死なない限りまた『克服』の機会もあるのだから。

「生きよ、そして苦しむことを恥じるな!!」
「カッコ悪くたって、ぶざまな生き様だって、生きることは燃焼なんだ!!」

燃えカスになるまで生き切ろうよ。

(ここまで)

私は自分の言葉で自分を奮い立たせる時がある。
「俺が書いたんだから責任を持たないとな」って。

ヒカルさん、目をそらさず挑んでみよ!!
生死が何たるか理解するまで生きてみよ!!

Youtube動画でのあなたの変わった姿を
心待ちにしています。

10月 092014
 

高校3年か浪人中の19歳の頃だったか
私は活力の失せた痩せた体で
夕方トボトボと歩いて15分のところにある近所、
人気のない川沿い裏の何の畑か分からない
ただ一面広がる土地が見渡せる道にたたずみ、
そこに沈んでいく夕陽を見ていた。
どこにでもある夕陽だ。

「なぜ夕陽はこんなに温かいのだろう?」

もし人が死んだら無になり、
そもそも世界は無という気まぐれの産物でしかなく、
何の意味も持たない造形物だとしたら、
どうしてこんなに夕陽は私に向かって

「元気を出せよ、我はまた朝日として姿を見せようぞ」

などという荘厳なメッセージを与えてくれるのか。
私には見当も付かなかった。

ただ私はその夕陽の優しさに軟弱な心を慰められもした。
(生きる動機としては頼りないものであったが)

確かに夕陽は傷つく者に対して優しい。

「なぜ優しいの?」

【無で生まれ、無に帰す】

「そこには何の苦しみも痛みもないから
あなたは優しくいられるの?」

「無を根拠にして優しいとは一体どんな意味があるというの?」

私は世界が存在する意味が分からなかった。
そして自分がなぜ“生まれる”ということになったか、
恨みにも似た感情を持っていた。
この私に対して無を背負わせるなどという流刑罪を課した世界に
訳もなく腹を立てていた。

そう思った時、
「人類も私と同じ罪を課せられている」
その哀しい事実も尚のこと
私を亡霊のように生気のない若者とさせた。

「人は哀しい」
「世界は無意味」
「人生を生きる価値は皆無に等しい」

もしこの時に私がその後歩むことになる
20代の苦難を知ったとしたら、
自殺もあったかもしれない。

私がこの時なぜ死を選ばなかったのか、
今の私は考える。

愚かしい私の若さのパワーが
未だかつて誰も知り得ないと思われた
「生と死という難問を解く」ことに挑戦したから。
誰かが私よりもすでに偉大なるその真理をきっと知っているはずだ。
探求せねばならぬ。
彼と同じ道を歩まなければならぬ。
そしてできれば自分と同じ苦悩を抱えている者に伝える。
まずは私自身が会得しなければ!!

「もしそんなもの世界の誰も理解できておらず、
生も死も無であるという単純な答えが待っていたら?」

その時は潔く死ねばいい。
人類を想って泣きながら
死ぬしかない。
私に死ぬ勇気があったとしたらだが。
いやその結論が否が応でも選択を与えるだろう。
結論を下す自分は無そのものに同化しているはずだから。
屍のようになって。

「ヘトヘトになるまで追求してやろう」
「でもこんな俺に果たして人類の叡智へと到達できるのだろうか?」

私は死ねなかった。
死なねばならない理由がないから
死ぬ決意が持てなかった。
臆病者だったとも言えるが。

「どうせ生きるなら、誰もが知りたいと願うこの真理をつかんでやろう

私はそのことに以外には何の興味も持てなかった。
(SEXは別)
お金も地位も名声も豪奢の暮らしも何もかもくだらねえ“逃げ”に過ぎない。
私は大学で勉強する。
大学卒もくだらねえからどっちでもよかったが。
だが追手門大学という3流大学に入ったことは幸運だった。
なぜなら私が住む貧乏アパートのそばに(歩いて5分)
図書館があったから。(大阪府立茨木中央図書館)
今ではそれは神の大いなる配慮だと信じている。

そして私がすべての男と同様に持つ
性欲(女とSEXをしたい)という欲望の中に、
偉大なる真理へと導く手がかりになるとは
学生であった私には想像もできないことであった。

性欲こそが私に疑問を解く大きなきっかけを与えてくれたとは!!

今の私はオナニーが好きだ。
罪悪感はない。

9月 072014
 

どんなことにせよ、
何かで御恩を受けたらその2倍以上で返す。
必ずいつかどこかで返す。
お金でなくてもいい。
「絶対に返すんだ!!」
そんな気持ちを持ち続けることが大切。
(それは貧乏人だってできるだろ?)

「もし恩すらも忘れ、
自己の欲望のままに生きたらどうなるのか?」

恩知らずは神に感謝をしていないということだから、
(人は皆神の化身であるがゆえ)
苦難の人生を繰り返し歩むことになる。
何度も生まれ変わって。
思い知るまで。

「どうしたら人は他者の為に自身の時間を差し出すのか?」

この物質世界を生きることは何とも短い。
(100年生きたからといってそれが何だというのだ?)

時間という制約も空間に存在する物質と同様に
魂の負荷であるがゆえに
我々は時間の中を生きなければならない。
人生は修行だから。

その与えられた時間を他者の幸福の為に捧げるという偉業。

「これは何を意味するのだろうか?」

他者の時間の中に自身の時間を投げ入れるという行為。

『他者と自身の融合』

その時、時間は時系列を超える。

恩とは、永遠の若さなのだと言えるのではないだろうか。

6月 212014
 

ビジネスでは「人脈」があると有利です。
人との出会いで人生が変わることは本当に多いからです。

「大金を得られる人生になるためには金持ちの力が必要」

確かに導き手となるメンターの存在は不可欠です。
まだ方向性も何も確立していない初心者が
目的を達成するには時間も労力もかかりすぎる。
途上でメンターのアドバイスがあれば
効率的・効果的に目的に近づける。

がそのメンターがお金を取って弟子や仲間を募集する。
ダメなメンターです。
なぜなら本当の金持ちはもうお金なんていらないのです。
お金はどうでもいいのです。
たくさんあるのだから。

「ではそのメンターは何を欲しがっているのか?」

『若さ』です。
人間誰しも年を取る。
肉体や頭脳が必ず衰えてくる。
金持ちを金持ちにした思考力を生み出す頭脳と、
ビジネスを実践していくための健康を保つ肉体。
これがあれば自分はいつだって金持ちになれるということを
金持ちは知っているのです。

「若さを維持させるものとは?」

私はそれを知っている。
それは『好奇心』です。
絶えず新しい世界に目を向ける志向性。
新しさは若さに通ずる元気を与えてくれる。

つまりビジネス上のメンターとは
お金に執着する人ではなく、
未開分野に次々と挑戦していく人のことを言うのです。

チャレンジャーこそがメンターなのです。
停留する人間はメンターとはなり得ないのです。

4月 052014
 

60歳代にもなれば孫ができて楽しいことと思う。
ですが現在10代や20代の若い人は働かない人間です。
(もちろんすべてではない)
働かなくても生きていける環境に育ったので
働くことに対して必死さが生まれない。

バブル崩壊後
ヘトヘトクタクタになって
愚痴を言いながら嫌々働いている両親を見て
「働くことは嫌なものなんだ」
と刷り込まれてしまっているのです。

本来人間は怠け者なんです。
嫌なことは嫌、死んでもしたくないのです。

ではバブル後世代にはどうすればいいのか?

何も期待しないことです。
せいぜい「犯罪を犯すな」ことくらいしか思ってはいけない。

年金は減るか、破たんします。
ならば自分の食い扶持くらいは自分で確保するしかない。
つまり働くしかないのです。
でも高齢者は雇ってくれない。
だからどんな時代にあっても『稼げるスキル』
今の内から身につけておくようにとアドバイスしたい。

稼ぐスキルとは、人を喜ばす力のことだとも覚えておいて下さい。

3月 082014
 

コンビニ業界は厳しい。
各社横並びサービスで独自性が打ち出せていないのが現状。
その中で生き残る方法はないと僕は思う。
強いて言えば『自主廃業』して売却・譲渡してしまうことが一番利益になる。

1日に40万円の売上げとは本当に厳しい。
(弁当・おにぎりを何個売らないといけないの?)
店舗維持費が恐ろしくかかるので、
40万円くらいないと赤字が出るのでしょう。

「リアル店舗ビジネスは儲からない」

その点ネットショップの維持費なんてたかが知れています。
ヤフオク月額500円程度。
アマゾン月額4900円と在庫保管費など。
カラーミーショップで独自ショップ月額1000円程度。
楽天は知りません。
やろうと思えば無料ブログ、Facebookでも売れる。

安いでしょ?

誰でも参入できる。
失敗してもすぐに立ち直りができる。

「何でコンビニ経営に興味がある人がこの日本にいるのか?」というと
(ほとんど中高年でしょう)
ネットで物を買うことに抵抗感があるから。
自分で買ったことがないから、その良さ・便利さを知らない。

つまり頭が悪いということですが。

「何で勉強しないのか?」

頭が新しいことを受け付けなくなっているから。

「ではどうして受け付けられなくなるのかな?」

若い頃から絶えず新しい刺激を脳に与える習慣がなかったから。
突然脳が拒絶するわけではなく、
じっくりジワジワと蝕んでくるのです。

脳の老化は遅らせることができます。

「いつも“好奇心”を持って生きること」

世の中の変化を好意的に観察する。

要するに「みんなを幸せにしたい」という願望が好奇心を保温状態にしてくれるのです。

2月 202014
 

会社を変えてやると意気込む新卒社会人も、
ネットで稼いでいる元気な若い人も、
社会にメンチ切ってるツッパリどもも、
夢をシャウトしギターを壊すロックスターも、
必ず来る、老いによる「安定志向」が。

人生において「守り姿勢」に入る時が必ず訪れる。

頭髪は抜け落ち、腹が出てくる。
肉体は言うことを聞かない。
さまざまな期待と不安が胸を締め付け、
時に空虚な風が吹き抜けてくる。

「結局俺は何をしようとしたいのだ?」

分からない・答えが見つからないと決断を下した流浪者は、
ルーティンワークの居心地の良さに
蓄えた貯蓄を減らさぬように
社会のルールを大人しく守ろうと子供に教えることに
夢より現実を大事にしようと
言い訳を考え始める。

無常の世界に怖気づく我々のために
「常識」という鎖で安定を図りたい。
それは幻想なのだということも知らずに。

違うのだ、求めるものはそこにないのだ。

見つけろ、自分が成し遂げるべき『使命』を。
その使命の中にこそ本当のあなたが在るのだから。

7月 152013
 

我々は限られた時間の中を生きている。
老化という変化は確実に起こっているがゆえに、
昨日の自分と今日の自分は違う。
次から次へと押し寄せる時間の波は、
過去を流し去り、新しい今を突きつける。

その「今」とは、見過ごしてはいけない現実である。

与えられた「今という現実」を目の前にして
一体自分はどんなうれしいことができるのか。

行動するかしないか。
変化できるかできずにいるか。

変わる自分、変わらずの自分。
いずれもまた新しい経験である。

経験とは新しい自分を作り出すことに他ならない。

それはちっちゃくても立派な冒険なんですよ。